世の中の現象から人の行動まで「ものごとの原理を突き詰めたい」 アカツキVPoE /Podcast EM.FM運営の湯前慶大のキャリアパス

世の中の現象から人の行動まで「ものごとの原理を突き詰めたい」 アカツキVPoE /Podcast EM.FM運営の湯前慶大のキャリアパス

2019年07月03日 公開

今回ご紹介するのは、株式会社アカツキでVP of Engineeringを務める湯前慶大(ゆのまえ よしひろ)さん。

湯前さんは日立製作所の研究職を経て、2014年にアカツキへ入社。モバイルゲーム開発を皮切りに、エンジニアの採用や組織改善、新規開発のマネジメントまで幅広くご活躍されています。これまでのキャリアの変遷や分岐点、メンタリングへの意気込みについて詳しく話を伺いました。

プロフィール|湯前 慶大

2010年に新卒で株式会社日立製作所システム開発研究所(現横浜研究所)に入社。Linuxカーネルのアップストリーム活動に従事。2014年10月に、クライアントエンジニアとして株式会社アカツキに入社。2015年7月よりプロジェクトマネージャーとして、ゲーム開発にAgileの手法を導入。2017年4月よりVP of Engineeringとして、エンジニア組織のマネージメント業務を行いながら、最高の組織づくりに日々奔走している。 Engineering ManagerのためのPodcast EM.FMのパーソナリティを務め、Engineering Managerの魅力を伝える社外活動もおこなっている。

理論物理の研究室でプログラミングと出会う

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―まずエンジニアリングと出会ったきっかけから教えてください。

出会いというと大げさかもしれませんが、小学校1、2年生の頃に家にノート型のワープロがあったので、それを使って子どもなりに物語を書いたりしてました。キータッチはその頃から好きでしたね。

その後、中学に入り、実力テストで学年30位以内に入ったご褒美としてCompaqのPCを買ってもらい、夜な夜なオンラインゲームをやったり、スクリーンセーバーをHSPでプログラミングしたり、PCでいろいろと遊ぶようになりました。

さらに2004年に大学の入学祝いとして、Dellのハイスペックな端末を買ってもらいました。基本はゲーム三昧だったんですが、大学4年になって理論物理の研究室に入ることになり、微分方程式を解いたり積分計算をするのにもPCを使い始めました。本格的にプログラミングを始めたのはこの研究課程からです。

―大学で物理を専攻したのにはどんな理由があったんですか?

もともと何かの原理を追究するのがすごく好きだったんです。

それで一時期は数学科やコンピュータサイエンス方面に進むことも考えたんですが、高校時代にブルーバックス(講談社の新書)の本を読んで素粒子に興味を持ち、宇宙物理を専攻することにしました。ただ、いざ大学に入ってみると相対性理論がまったく理解できず…(笑)、理論物性物理の研究に方向転換したんです。

何かの原理、物事のメカニズムを追究するのが好きという点は、今の会社での組織づくりにも部分的に活かされているかもしれません。

日立製作所でLinuxカーネルの研究者に

―2010年に大学を卒業された湯前さんは、日立製作所に研究職として入社されます。就職活動中から研究職1本に絞っていたんですか?

そうですね。もともと原理や仕組みを突き詰めて考えるのが好きでしたし、大学でも理論物理の研究をしていたので、研究職に絞っていました。大手電機メーカー2、3社から内定をもらい、そのなかから日立を選びました。

日立を選んだ理由は、他社と比べて事業領域が広かったから。鉄道などの社会インフラから銀行、公共機関まで、自分の仕事の成果が幅広く活かされる点にやりがいを感じました。

―日立では具体的にどういった仕事を?

鉄道や電力会社の社会インフラシステムに使われるLinuxサーバーのOSの研究です。領域的にはまず壊れないことが第一なので、何かが起きた時にスピーディーかつ漏れなく障害を検知できる仕組みをつくるのが役割でした。

例を挙げると、仮想マシン上にインフラシステムを構築した際にどのような課題があり、その課題をどう解決するか。そして、障害が発生したときに、仮想マシン上のインフラシステムとそのホストOSのどちらに問題があるのか、といった研究をしていました。

プロジェクトの流れとしては、研究の成果が実装されるのが2~3年後、納品はさらにその先という長期スパンの仕事です。オープンソースであるLinuxカーネルをカスタマイズすると、その間自分たちで維持していくのが大変なので、Linuxカーネルのメインラインに組み込んでもらえるよう、研究と並行してアップストリーム活動もしていましたね。

―日立時代、何か印象に残ったエピソードがあれば教えてください。

大学時代は物理専攻でコンピューターサイエンスについては何もわからないまま入社したのですが、最初の上司がとても丁寧にサポートしてくれました。毎週2時間確保して、OSやCPUの仕組みについてイチから教えてくれたんです。

もちろんそれだけでは足りないので、本や仕様書を集めて自分でも勉強しました。80年代から現在にいたるまでのCPUの系譜を調べたり。先ほども話したように、もともと原理を追究するのが好きなので、そうした勉強はまったく苦になりませんでした。

歴史を学んでいくと、僕たちが普段何気なく使っているPCやサーバーの裏側にいかに多くの技術が蓄積されているかがわかります。

たとえばCPUひとつとっても、最初はOS側で行なっていたメモリ管理を、CPUにユニットを乗せることで高速化してきたという歴史がある。もともとソフトウェアが担っていた動きをハードウェアに任せ、さらにそれをOS側で上手く利用するという。

そういったコンピュータサイエンスの歴史や進化について納得感を持って理解できたのは、とてもいい経験だったと思います。

転職を後押しした海外からの感謝のメール

―その後、湯前さんは2014年に日立製作所を退職し、ゲームアプリ事業を手がけるアカツキに 入社します。この転職にはどういった背景があったんですか?

もともと日立に入社したときから、「30歳までにこの会社を辞める」と決めていたんです。いまは1つの会社で定年まで働く時代ではないし、30歳までに社外でも評価されるエンジニアになっていなければダメだと考えていました。

そこで、日立への入社にあたって、自分から交渉してオープンソースの仕事ができる部署に配属してもらいました。もちろんタイミングや運がよかったというのもありますが。

もうひとつの転職のきっかけはLinuxカーネルのメーリングリストですね。

日立を辞める少し前にLinuxカーネルのメーリングリストに僕がつくったパッチを投げたところ、町工場を経営しているドイツ人の男性から「このパッチを使ったらやりたいことができた」というメールが届いたんです。

日立では数年先を見据えた仕事をしていたので、自分のつくったものに対してすぐに反応が得られたのはすごく新鮮でした。

―成果に対してより早くフィードバックが得られる仕事に魅力を感じたと。転職先としてアカツキを選んだのはなぜですか?

もともとゲームが好きだったというのもありますが、何より大きかったのはアカツキの開発スタンスに共感したことです。

いまも継続している「Akatsuki Hackers Lab」というブログに、「アカツキの開発に対する哲学」という記事があります。そこに書かれている内容、たとえば「ワクワクするものを届けるために、まず自分たちがワクワクしながら働く」「チームごとに最適な方法を探索する」「最高の方法を考えないのは悪」といった記述にとても共感しました。

それでwebからエントリーして面接を受けたのですが、採用面接も僕をジャッジするというよりは、僕が入社することがアカツキにとっていいのか、僕にとっていいのか、お互いにすり合わせるような内容ですごく楽しかったんです。それで入社を決めました。

ゲーム開発の現場からマネジメントサイドへ

―アカツキではこれまでどういった仕事をされてきたのですか?

最初の半年間は自社IPのモバイルゲームのクライアント開発です。C++でいろいろな機能をつくったり、改善したり、不具合を修正したり。途中からは機能設計などのテックリード、開発の進捗管理も担当するようになりました。

その後、Engineering Managerとして別のゲームタイトルの開発に携わりました。開発全体の進捗管理をしつつ、必要に応じてエンジニアを採用したりアジャイル開発を取り入れたりする役割です。

さらに2017年からは、VP of Engineeringとしてエンジニアの組織づくり全般、採用からアサイン・評価とあわせて、スポンサーへの出資や海外カンファレンスへ参加するための予算の決裁なども担当しています。

―現場からマネジメントサイドに回るにあたって、何か印象に残ったエピソードはありますか?

Engineering Managerとして最初のプロジェクトを担当した時ですね。僕が入った当初、チームに課題があると感じました。特にメンバー同士の協力体制や各自の主体性の部分でそう感じました。

そこで「これは自分が何とかしないと」と考えて、コミュニケーションのフロー設計から会議のファシリテーションまでやれることはすべてやりました。土日も出社してアサインのチケットを切ったり…。

そうしたなか、インフルエンザに罹って1週間会社を休んでしまったんです。当然それまでやってきたことはすべてストップ。正直「終わった…」と思いました。ただ、1週間後に復帰すると、チームの状態が見違えるように良くなっていました。

それまで自分がチケットを切って振っていた仕事も、メンバー同士が楽しそうに相談しながらやっている。それを見て、「ああ、これでいいんだな」と。そこからは自分がリーダーとしてチームを仕切るのではなく、メンバーがより自発的に動けるように、良い意味での相互依存状態になるようにマネジメントする方向へシフトしました。

―VP of Engineeringとしていまチャレンジしていること、今後チャレンジしたいことはありますか?

いつも意識しているのは、エンジニアの組織だけをよくしても、プロダクト全体、会社全体としては決してよくならないということ。何かを変えると必ず別の何かがボトルネックになるので、常に俯瞰して取り組むのが大事だと思っています。

具体的にやってきたこととしては、開発組織のなかで横串のプロジェクトマネジメントチームをつくって開発チームごとの課題を議論したり、あるいは僕自身がリーダー向けにマネジメントの講義をしたり、職種をまたがって1on1して出てきた課題を一緒に解決をしたり、といったところです。

今後はカスタマーエクスペリエンスやQAの拠点である福岡、グローバル版アプリを運用している台湾の子会社などにも足を延ばしてマネジメントしていきたいですね。マネジメントを通じて、シンプルにいいプロダクトが増える社会にしていけたらと思います。

常に「原理」を追究してきた

―湯前さんのこれまでのキャリアのなかで、モヤモヤしていた時期はありますか?

日立時代は「このままでいいのかな?」と悩むことが多かったですね。オープンソースの技術を使ってはいるものの、それが活かせる範囲は狭かったですし、自分の技術が他の会社でも役立つものなのか不安を抱えていました

その後アカツキに入ってからも、最初のチームではコーディングを担当しつつ、リーダーとしての役割も求められたので、苦しい時期はありました。両方やりたいけど、工数を考えると現実的に難しい。そうしたなかで結果的にどっちつかずの行動になり、アプリのリリースが遅れてしまったこともあります。

その時は挫折感を味わいましたが、いま思えば自分が何をしたいのか問い直すいい機会になりました。自分がやりたいのはプロダクトに携わること。コーディングをはじめとする「つくる」仕事は、あくまで「携わる」ことの一部分です。そこで一歩引き、マネジメント側からプロダクトに携わっていこうと考えるようになりました

あと、これは個人的な考えなんですが、キャリアの形成には大きく2パターンあると思います。

ひとつは自分のやりたいことをベースに逆算してキャリアを積み上げていくやり方。もうひとつはその都度必要だと思うことや興味のあることを取り入れていくやり方です。

僕の場合は後者。大学では物理の研究、日立では情報系の研究職、その後はゲームエンジニア、マネジメントと、一貫性がないようにも見えますが、僕のなかでは筋が通っているんです。

通底しているのは、ものごとの原理を突き詰めること。物理は世の中の現象の理、日立での研究はシステムを動かすための仕組みづくり、ゲームエンジニアはエンターテインメントにおける心理状態を考える仕事、マネジメントは人の行動原理を追究しながら組織をつくっていく仕事です。原理を突き詰めることについては、一貫してやってきたと思います。

キャリアに対する常識の枠を広げたい

―ここからはメンタリングへの意気込みについて教えてください。普段の1on1ではどういった進め方をしますか?

まず、その人がこれまでとってきた選択、なぜその選択をしたのかヒアリングします。1人ひとり自分にとっての合理的な理由があって行動したり、キャリアを選んだりしてきたはずなので、まずはそれを聞き出し、どういう志向を持つ人なのか理解することから始めますね。

そのうえで相手の志向や判断が視野の狭い思い込みなのであれば、それを広げられるようにアドバイスします。「そこでこう考えれば、こういった選択肢もあるのでは?」といったように、相手の方の常識の枠を広げていくという進め方です。

―これまでに印象に残っているメンタリングはありますか?

「転職を考えているが、自分のやってきたことやキャリアには自信がない」、「その一方で現職では市場価値と比較すると高く評価されすぎている」と悩んでいる人がいました。僕が日立から転職する際も同じような悩みを抱えていたので、強く印象に残っています。

その人は普段から勉強したり、ポートフォリオをつくったり熱心に動いている一方、エンタメ業界やVRにも興味があるというお話だったので、「勉強は続けつつ、もっと自分の技術を突き詰めた方がいい」、「選択肢を絞って1つに注力した方がいい」といったアドバイスしました。

―これまでの湯前さんのお話からは「まずはやってみる」という気概のようなものを感じます。

“まず行動する”というのは大切にしています。僕の場合、行動する前にいろいろ考えると、やらない理由を探そうとしてしまうので。

それなら、まずはやってみて失敗してみた方がいい、失敗したら反省点をふまえてまた別のことをやればいいと考えています。

―周りからはどういう人だと言われますか?

「いるだけで安心する」と言われることはあります。実際、よくわからないミーティングに呼ばれることも多いです(笑)。ちょっと困っている時に相談しやすい人なのかもしれません。僕自身もそれに対しては常にオープンにしてますし、相談には真剣に対応します。

―プライベートはどう過ごされていますか?

最近飼い始めたポメラニアンの子犬と遊んでいます。それもあってゲームをやる時間が少し減ってしまいました。でも、成長を見るのは楽しいですね。

―ありがとうございました!

※湯前さんのキャリアはこちらのSpeaker Deckからもお読み頂けます。

"キャリア形成に必要なのは、ただ飛び込むという勇気だけだった"

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